”不登校支援の第一人者”として、誠実に子どもと向き合っていく

居場所事業の責任者として 不登校の子どもたちへ居場所を届ける伊藤。

伊藤の子どもたちや居場所に対する思いの根源に迫ります。

  • 名前      伊藤 雄高
  • 役職       FSユニット ユニットリーダー
  • 略歴       早稲田大学第二文学部を優秀な成績で中退。
             ニート → 特別支援教育指導補助員 → 仙台市適応指導センター相談員。
  • 趣味 読書、植物栽培
  • 好きな言葉  なるようになる

アスイクにかかわるきっかけ

もともとは適応指導センターで働いていました。

任期が終了するタイミングで次の職場を検討していたところ、上司からの紹介もありアスイクで勤務することになりました。

もともと適応指導センターを利用している子どもでアスイクを併用している子どももいたので、存在は知っていました。

実は、昔は小説家になりたいと思っていました。 両親の影響もあって、本に囲まれる生活をしていました。

高校生のころから本を読むことが好きになって、本を読む仕事をすることができれば、と考えていました。

行きたい大学があり、一浪して入学することができたのですが、大学時代は毎日毎日本を読んでいましたね。

本を読んでいたらあっという間に6年が過ぎていて、そのタイミングで父から「仙台に帰ってこい」と声をかけられました。

父が学校の教員をしていて、父の紹介もあり最初は学校の補助員として働いていました。

正直、父と同じ仕事は嫌だ、と思っていたのですが、当時担当していた子どもが不登校で。

そこから縁がつながり、いまも不登校支援に携わっています。

アスイクでの仕事について

居場所支援事業の責任者として、多岐にわたる業務をおこなっています。

フリースペースをはじめとする拠点の運営はもちろん、見学対応、インテーク(面接)、訪問、行政との定例会、

フリースクール情報交換会への参加、就労支援も行っているので職場体験の企画実施や履歴書の書き方を指導することもあります。

常勤・非常勤のスタッフとともに活動していますが、拠点のメンバーとは「クレド」を共有しています。

クレドは2019年度から毎年つくっていて、はじめは3名でしたがいまでは12名で一緒につくっています。

スタッフ一人一人に対して「あなた自身がこの居場所のオーナーです」と伝えています。

「子どもたちにどう接しますか?」と常に自分に問いかけながら、居場所での時間を過ごしてもらいたいと思っています。

仕事で印象に残っているエピソード

たまたま小学校時代から知っている子どもと再会しました。

再会した当時は高校生だったのですが、通っている高校は3つ目、居場所に来てもずっとゲームをして過ごしていいました。

「今日は疲れているから休む」なんて日も、何度もありました。

ある日、彼に「ゲームが好きならゲームでみんなのことを面倒見てくれないか」と話をしてみたんです。

そうしたら、次第に彼は年下の子どもたちの面倒をみてくれて、休むこともほとんどなくなりました。

新型コロナウイルスの感染が拡大してからは公共交通機関を避け、遠くから自転車で来てくれた日もありました。

最近では「高校のレポートを見てほしい」と持ってくるようになったんですよ。

私たちは「勉強しなさい」とは一度も言いませんでした。 本人が楽しく過ごせることが一番だと考えています。

  • 子どもたちのやりたいことや意思を理解し尊重する伊藤さんの思いの背景には、何かご自身の原体験があるのでしょうか?

親には大学を辞めたことも怒られませんでした。

やりたいことをやっていた自分を咎めようとしなかった、家庭環境からの影響はあると思います。

また、多くの本にも影響を受けました。 アルベール・カミュの「異邦人」という小説からは、世の中には理由のないことがたくさんあるのだと。

重松清の「きよしこ」という本では、吃音をもつ主人公が喫茶店で「コッ‥」と言いかけると

彼女がすかさず「コーヒー」を注文してくれるという場面があるのですが、実は本人は紅茶を頼みたかったのだと後日語っていて‥。

いかに人は容易く物事を決めつけてしまっているのか、と気づきました。

子どもたちも「特に理由はないけど‥」と学校に行かなくなることもありますし、

大人から何か決めつけられてしまうと嫌な気持ちになってしまいますよね。

アスイクで活動するなかで大切にしていること

誠実であることを大事にしています。 「嘘で褒めない」と自分に課しているんです。

ある女の子が「不登校だからみんな優しく接してくれるけど、伊藤さんは ”それってどうなの” っていってくれるから信頼できる。」と言ってくれたんです。

口だけ褒めるのはやめようって、改めて思いました。

小学生のときに、クラスで書き損じハガキを集めてカンボジアに寄付しようとしていたことがあって。

一生懸命たくさんの人の家をまわって少しずつ集めたんですけど、あるクラスメイトが1件回った先で大量のハガキを集めていたんです。

先生が彼を褒めているのを見て、集めた枚数でえらいとか、その人の価値が決められるのは変だなと違和感を持ちました。

先生が上辺だけをみているようで、がっかりしたことを覚えています。

そんな経験からも、上辺だけで判断しないこと、子どもたちには誠実でいようと心に決めています。

個人のビジョンと思い

ビジョンは「不登校支援の第一人者」としています。

65歳まで、居場所で子どもたちと遊んでいたいですね。一緒に遊んでいると楽しいですから。

また、宮城のフリースクールを、もっと確固たるものにしていきたいと思っています。

フリースクール業界には、憧れの人たちがいます。

自分もその一員となり、子どもたちに還元していきたいと思っています。

この記事を書いた人

稲村 友紀